猫でもわかる全訳『孫子の兵法書』#6:形篇ー気付かれないうちに勝つ?
「猫でもわかる全訳『孫子の兵法書』」第6回は、『孫子の兵法書』13篇の4篇目「形篇」をお届けします。前回の記事は以下のリンクから。
攻撃も防御も気付かれないように
軍の形、目に見える「態勢」のことですね。
ここでは「攻め」と「守り」についての内容になります。
孫子はいいました。
昔のいくさ上手の者は、まず敵が勝てない態勢を作ってから、敵に勝てる状況になるのを待ちました。
さらに敵を攻撃するときも、「これなら勝てる」という状態に敵がなるまで待つ必要がありますね。
「敵が自軍に勝てない態勢」を作るのは自軍の問題ですが、自軍が敵に勝てるかどうかは「敵の態勢次第」です。
ゆえに、いくさ上手の者でも、「敵が自軍に勝てない態勢」を作ることはできても、敵に「敗北確実の態勢」を作らせることはできません。
ゆえに、どうやって勝てばいいのかがわかっていても、それを作り出すことはできないのです。
たとえば受験勉強を頑張るのは自分の問題ですが、どんなレベルの難題(敵)かは相手の大学の問題であって、それに干渉することはできません。
敵が自軍に勝てない態勢というのは「守り」の態勢です。
自軍が敵に勝てる態勢というのは「攻め」の態勢です。
「守り」というのは、自軍の兵力が足りないからするのです。
「攻め」というのは、自軍の兵力にじゅうぶんな余裕があるからするのです。
会社も不景気なときは経費削減で守りに入りますし、景気がいいときは設備投資とかをして攻めに転じますしね。
守りの上手い者は、地下のもっとも深いところに隠れます。
攻めの上手い者は、天のもっとも高いところで行動します。
ゆえに、自軍は無傷のままで、完全に勝利します。
攻守が上手い人は、攻めるも守るも、敵に見つからないところで動いているということです。
こちらが行動していることを敵に気付かれないからこそ、無傷でいつの間にか勝利することができるのです。
「形」というのは目に見える態勢のことですが、それを見せてはいけないということです。
たとえば守りに入ったことを敵に気付かれれば(「形」を見せれば)、攻撃されてしまうかもしれません。
また攻めるときに敵に気付かれれば(「形」を見せれば)、守りを固められてしまいます。
企業も新製品(攻め)を作ったら、当然秘密にするでしょう。それとおなじことです。
それはやっちゃだめなやつです。
人が気付く前に気付こう
勝利を読み取るのにあたって、一般の人でもわかるていどの読み取りでは、もっとも優れた者とはいえません。
これはようするに、「形」があらわれてしまってからでは、だれでも読み取れるということです。
優れた者は「形」があわれる前に読み取らないといけません。
世界恐慌前、ジョセフ・P・ケネディ氏(ジョン・F・ケネディの父親)が靴磨きの少年に靴を磨いてもらったとき、その少年が株の話を始めたのを聞いて、「これはもう終わりだ」と思って株をすべて売ったという逸話は有名です。
これは「形」があらわれる前に気付き、気付かれないように「守り」がおこなわれたことにもなります。逸話なので作り話だとは思いますが、言いたいことはよくわかります。
戦争に勝ち、天下の人びとからほめられても、それはもっとも優れた者とはいえません。
ゆえに、秋毫(秋に生え変わる細い毛)を持ち上げられるからといって、「力がある」とはいわないのです。
太陽や月が見えるからといって、「目がいい」とはいわないのです。
雷鳴を聞けるからといって、「耳がいい」とはいわないのです。
みんなが気付く前に、気付かれないようにひっそりと動ける人は優秀ですね。
勝てるときだけ戦う
昔のいくさ上手の者は、「勝てるときに勝つ者」です。
ゆえに、いくさ上手の者が勝ったときは、知謀に優れた名声もありませんし、武勇に優れた功績もありません。
ゆえに、いくさ上手の者は、戦えば「間違いなく」勝ちます。
「間違いなく」というのは、いくさ上手の者の勝利は、すでに負けている敵を相手に勝っているからです。
世の中は、「不利な状況から一発逆転」のようなものがもてはやされます。勝ってあたりまえの相手に勝っても誰も褒めてはくれません。名誉も功績もありません。
しかし戦争とは、「負けない態勢」を作ってから、「勝ってあたりまえ」の状態の敵と戦うべきなのです。
「戦う前から勝てる状態」であることが大前提ですね。そうでなければ戦争をするべきではありません。
ゆえに、いくさ上手の者は、敵に負けない態勢を作ってから、敵に勝てる機会を見逃さないのです。
これゆえに、勝利する軍は戦う前に勝てる態勢を作っておき、そのあとに戦争をします。
敗北する軍は、まず戦争をして、そのあとに勝利を求めます。
リスクが小さければ「とりあえずやってみよう」でもいいですけど、負けたときの損害が大きいばあいは、それでやったらだめですね。
なんにも考えていないわけではないとは思いますが、1年で消える人は事業計画が不十分だったのかもしれませんね。
兵法の5原則とまとめ
いくさ上手な者は、道(道理)を修め、法(軍法)を保ちます。
ゆえに勝敗を自由に決めることができるのです。
兵法は、
一に度(ものさしではかる)
二に量(枡目ではかる)
三に数(数えてはかる)
四に称(比較してはかる)
五に勝(勝敗をはかる)
です。
戦場の広さや距離をはかるのに「度」が必要で、
「度」の結果によって投入する「量(物量)」を考え、
「量」の結果によって動員すべき「数(兵数)」を考え、
「数」の結果によって敵味方の「称(比較)」を考え、
「称」の結果によって「勝(勝敗)」を考えます。
この「度・量・数・称・勝」が兵法の5原則ですね。
ゆえに勝利する軍は、重い目方を使って、軽い目方と重さを比べるようなものです(かならず勝利します)。
敗北する軍は、軽い目方を使って、重い目方と重さを比べるようなものです(かならず敗北します)。
勝者が国民を戦わせるときは、満々と貯えた水を深い谷底へ落とすような勢いであり、これこそが「形」(勝者にとっての態勢)なのです。
この「勢い」というのが、次回の「勢篇」に続きます。
「形篇」はこれで終了です。次回は「勢篇」です。